金継ぎ

金継ぎが生まれた室町時代を調べたら、ステキ文化の宝庫だった!

金継ぎが好きすぎてコロナ禍に会社を作ってしまった、金継ぎ女子こと、金継ぎストYukiです!
みなさま、金継ぎはいつどうやって生まれたか、ご存知ですか?
はい、室町時代なんです!
昔、学校で聞いたことありますよね。足利の時代。今回は、金継ぎにとらわれず、「室町時代」とは一体どんな時代だったのかもっと大きな話をしたいと思います(๑˃̵ᴗ˂̵)و.

室町文化に興味を持ったきっかけ

私は自分が大切にしている、もう二度と手に入らないであろう器を割ってしまった時、金継ぎに出会いました。

銀継ぎされたポーランドの食器
(↑ポーランドで買った器。このブログの1番最初に掲載したものを引っ張り出してきました!)

それから金継ぎのやり方を学んで、会社をつくって、今では3人のイケてる金継ぎ女子スタッフとともに、東京で金継ぎ教室をひらき、壊れた器の修理を受けつけ、金継ぎキットや私たちが金継ぎした器の販売を行っています。
生徒さんに金継ぎの技法を教えながら、器のお話しなどするうちにもっともっと金継ぎの深い背景が気になってきました。

そして、今までのブログの中でも、金継ぎの歴史を簡単にまとめたり全国の金継ぎ職人さんのインタビューで、その方が知る限りの金継ぎの背景を教えてくださったのを、発信していました。しかし、もっともっと深く掘り下げよう!と、研究して行ったところ金継ぎが生まれた背景・文化が、非常に面白いものだと知りました(๑˃̵ᴗ˂̵)و.
金継ぎが生まれた室町時代は、私の今の考え方、好きなモノがたくさん詰まっている、とても魅力的なものだったのです!
そして、今の私たちが生きる文化のほとんどは、平安時代でも鎌倉時代でもなく、室町時代に確立されて続いているものがほとんどだったのです!!

なぜ今まで知らなかったのだーー(((´・Д・`)))

室町時代は超地味?注目されてこなかった理由

実は私が子供の頃に一番苦手な科目は「歴史・社会」でした。こんなもの暗記してなんの役に立つのだ・・・とずっと思っていて(ごめんなさい)受験勉強のために、泣きながら頭に詰め込んでおりました。・゚(゚⊃ω⊂゚)゚・。
特に室町時代なんて、超あっさり習った気がします。覚えているのは、足利なんとかと、金閣寺・銀閣寺くらいでしょうか。そして、この室町あっさり感は、大河ドラマにもあらわれている気がします。

室町時代の終盤は戦国時代で、戦国時代以降はよく大河ドラマでとりあげられます。
その理由を調べていたら、いくつか面白い事実が浮き彫りになりました(`・ω・´)大河ドラマにとりあげられるには、ご当地・地元があることが必要なようです。大河ドラマに取り上げられたということで、その場所に訪れる観光客が増え、地元が繁盛するので、歴史の地元となっているところは、なんとか大河ドラマに取り上げて欲しいと、熱心に誘致をするそうです。

ここで足利幕府がどこにあったかというと、京都です。京都には、歴史上有名な人はたっくさんいますので、どの時代でも大河ドラマの撮影場所になります。しかし、室町時代より勢いがあって、ドラマ映えするストーリーが多い京都なので、視聴率的にも、あえて室町時代をとりあげることにならないようです。
室町時代が大河ドラマに出るには、京都以外にもうひとつ、熱烈な誘致をする地元がないといけないのですが、それがないのです。
ちなみに「足利」の名のつく、栃木県の足利市も地元のひとつですが、足利義満にまったく関係ないのだとか。

そんな室町時代ですが、唯一大河ドラマとなったのがあります。
「花の乱」。松たか子が出ていたらしい!
主人公は、室町幕府第8代将軍 足利義政(市川團十郎)の妻、日野富子(松たか子、のちに三田佳子)でした。しかし、視聴率は非常に低かったそうです(((´・Д・`))) うーん、室町時代がもっと注目される何かはないのか??

室町時代に金継ぎがどのように生まれたか?

室町時代、足利義政が大切にしていた器にヒビが入ったそうです。その器は中国から入手したものだったので、中国に送って修理を依頼したそうですが、そのとき、「かすがい」というホチキスみたいなもので留められれ、戻ってきたのだとか!
しかし、義政的に、「美しくないー!」ということで家来に、「美しく修理するように!」と命じて家来がなんとか作り出したのが、漆で傷を直して金粉で装飾した金継ぎ!!!(そのときの、かすがい留めされたお茶碗は「馬蝗絆ばこうはん」といわれ、今も金継ぎ業界では有名です!)…と、この歴史を海外の書物で読んで信じていたのですが、実はうそだったそうで!!(((´・Д・`)))エー!

この話は、江戸中期の知恵者・伊藤東涯とうがいのつくり話だったそうです。本当は、中国で割れた青磁が、かすがい留めの修理をされて、日本に送られたようです。正確な歴史はわかりませんが、漆でモノを修復する技術は縄文時代くらいから、日本にも中国にもあったのですが、漆で修復したものに金粉をかけて美しくする技法は日本にしかなかったらしく!金継ぎは室町時代に、大切にしていたけれど割れてしまった器をゴージャスに蘇らせる手法として生まれたのです!!
そして、同じく室町時代に茶道が大成したので、当時大変高価だったお茶道具も金継ぎされて、今も受け継がれています!

室町時代について超わかりやすく、ざっくりまとめると…

室町時代は、足利尊氏が鎌倉幕府をたおして、1336年に京都に開きました。
そして、3代将軍足利義満が北山文化(金閣寺、能の大成)をつくり、8代将軍足利義政が東山文化(銀閣寺、水墨画・茶の湯・生花など)をつくったと言われています。
なんだか優雅そうに見えますが、そうでもなく明日は戦(いくさ)になるかもしれない不安定さで溢れていたようです。それでも、今を楽しもう、という精神から生まれた文化は、今の日本の象徴でもあり現代の日本人も心癒されるものが多いと思います。

金継ぎと室町文化のまとめ

金継ぎがきっかけで興味を持った室町文化でしたが、調べてみると、室町時代の生活や文化はとても奥が深く室町文化を知ることで、現代の生活もより豊かにできるのでは?!とまで思いました。
そして、密かに私のMissionである「金継ぎを古くて新しい文化にしたい!」を実践する上で600年後の今にも受け継がれている文化を次々と生み出した室町時代を、掘り下げてもっと学びたい!と思うようになりました。

今後も、金継ぎにとらわれず室町時代の文化全体を調べて、分かりやすく発信していきたいと思います!
きっと私たちも、昔の文化を知ることで、今をもっと有意義に過ごしていけるんじゃないかな、と思います!

以上、Yukiでした^^

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